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崇教真光ナチス論を論破してみた

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崇教真光はネオナチか 


 反マヒカリストの言うネオナチと崇教真光の共通点がどれだけ正しいものなのだろうか。
まず最初に彼らが目をつけたのが崇教真光青年隊の御神紋とネオナチの鍵十字の類似性である。
(或る意味彼らは此所以外に真光・ナチの共通点を見いだせていないのだから此所を論破すれば彼らの立場は撃沈同然である)

 ネオナチはオカルチズムに影響を受けていたというのは有名な話であるから皆もご存じのことと思う。故に、印度地方を発祥とする神秘的意味合いを持つとされる鍵十字を彼らは利用したというわけだ。しかし実を言うとこれに影響を受けたのは彼らだけではない。
 彼らに迫害を受けたユダヤ人もこの紋を使っていたのだ。これが神智学教会と呼ばれるユダヤ系秘密結社である。←鍵十字=ネオナチとする浅はかな考えは宗教・結社に関する知識の乏しい人にのみ通じる誤った論理である。
 「真光はユダヤと日本人は手に手を取って協力していくことになるだろう」と述べる真光にとってはネオナチと言うよりも寧ろ神智学教会の影響の方が大きいのでは無かろうか。←ここからネオナチが未だに反ユダヤを掲げるのに対する相違点も簡単に見て取れる。

 次にネオナチは代表的なethnocentrismで自分たちの政治的意見を通す為には、武力行使も辞さないと考えるのに対し、真光は「人類は元一つ、地球は元一つ」と叫び、平和主義を掲げている事も大きな違いである。

因みにネオナチとは新国家社会主義を言うのに対し、真光は「人々が主義主張を叫び合っている間は駄目だ。分裂争いは絶えないだろう」と述べる。「主義」の概念と「主義」を超えようとする立場を同一視する時点でおかしいともいえる。

最後に真光は入退会完全自由であり、その点カルト性はない。真光がカルトであるという論理を言う日本人は、フランスを初めとする西洋各国に於いてかつて真光が急速に国内に広がることを恐れたキリスト教等の影響を受けた保守派陣営によりカルトだと主張された過去があったという歴史的経過を、未だに今でも通じる言説として利用しているだけである。よって崇教真光はカルトではない。

こんな下らない事をいちいち言うのも呆れるが、誤った知識により真光が不当な評価を受けるのはあまりにも惜しいからこそ、ここにこのようなものを公表するわけだ。
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Posted on 2011/06/27 Mon. 16:09 [edit]

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