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崇教真光ナチス論を論破してみた

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夢日記 

道教史を読んでいて昔見た夢を思い出した。

中国的な施設の中にいる。紅に彩られた柱に支えられた天上。床は絨毯?赤地に金の刺繍が施されている。柱や天井も同様の彩色。窓はなく燈明がついていることを除けば若干暗め。どこまでも広がった空間。
自分が部屋を歩いてると右側に大きな壇があり、そこに中国の漢字で書かれた札・看板類が神の名を示し、祭壇の前には多くの線香が供えられている。神の名を僕は理解する(具体的に書かれていた文字は忘れた)。
自分の前に独りおばあさんがいる、彼女がお参りか何かを終え左にどく。自分は祭壇の前に立つ〈神の前に独り立てる者〉
気付くと供えられた諸々の食品を置く台のところに灰色の猫がいる(メス猫、おばあさんの変化したもの?)。僕は歩きながら彼女に近づくと、祭壇左横のカーテンの後ろに歩いていく。僕も後を追いカーテンをめくると猫の灰色の背中が見える。

終わり

どういう心理状態であればこういった夢を見るのであろうか。灰色の猫は何を指すのか。なぜ神を祀る施設は西洋的なものでなく東洋的なものなのか。不思議な夢であった。
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Posted on 2015/01/13 Tue. 06:42 [edit]

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日蓮正宗への反論 

「「原因」があって「結果」が生じます」と書かれておるがお浄めをしたことこそが原因に他ならず何が言いたいかよく分からない。体験したことがなければ手かざしの効力が分かるわけが無く

「手かざしで不幸の原因を解消したはず人たちが、教団の跡目争いで分裂するなどお笑いです。これこそ、手かざしなどに何も効力がない一つの証左と言えます」と書かれてあるが邪霊にしてみれば正法を伝える教団の分裂は望むべきものであり彼らによって為されたもので、自ずから分裂したわけでないことを無視している。また、自教団の分裂のことを分かっていないwww

「もし仮にそういう霊魂が人間に憑依して、さまざまな不幸をもたらすというのであれば、人生の幸・不幸のほとんどすべてが霊魂に支配されてしまうことになり、「現実世界の努力」など無意味なものになってしまいます」と書かれてあるが、実際には、手かざしをやった上で努力精進すべきと言っているわけで、我々の教義を理解せずにほざいていることがわかる。これのどこが折伏なんだ?www

Posted on 2011/12/01 Thu. 12:01 [edit]

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崇教真光はネオナチか 


 反マヒカリストの言うネオナチと崇教真光の共通点がどれだけ正しいものなのだろうか。
まず最初に彼らが目をつけたのが崇教真光青年隊の御神紋とネオナチの鍵十字の類似性である。
(或る意味彼らは此所以外に真光・ナチの共通点を見いだせていないのだから此所を論破すれば彼らの立場は撃沈同然である)

 ネオナチはオカルチズムに影響を受けていたというのは有名な話であるから皆もご存じのことと思う。故に、印度地方を発祥とする神秘的意味合いを持つとされる鍵十字を彼らは利用したというわけだ。しかし実を言うとこれに影響を受けたのは彼らだけではない。
 彼らに迫害を受けたユダヤ人もこの紋を使っていたのだ。これが神智学教会と呼ばれるユダヤ系秘密結社である。←鍵十字=ネオナチとする浅はかな考えは宗教・結社に関する知識の乏しい人にのみ通じる誤った論理である。
 「真光はユダヤと日本人は手に手を取って協力していくことになるだろう」と述べる真光にとってはネオナチと言うよりも寧ろ神智学教会の影響の方が大きいのでは無かろうか。←ここからネオナチが未だに反ユダヤを掲げるのに対する相違点も簡単に見て取れる。

 次にネオナチは代表的なethnocentrismで自分たちの政治的意見を通す為には、武力行使も辞さないと考えるのに対し、真光は「人類は元一つ、地球は元一つ」と叫び、平和主義を掲げている事も大きな違いである。

因みにネオナチとは新国家社会主義を言うのに対し、真光は「人々が主義主張を叫び合っている間は駄目だ。分裂争いは絶えないだろう」と述べる。「主義」の概念と「主義」を超えようとする立場を同一視する時点でおかしいともいえる。

最後に真光は入退会完全自由であり、その点カルト性はない。真光がカルトであるという論理を言う日本人は、フランスを初めとする西洋各国に於いてかつて真光が急速に国内に広がることを恐れたキリスト教等の影響を受けた保守派陣営によりカルトだと主張された過去があったという歴史的経過を、未だに今でも通じる言説として利用しているだけである。よって崇教真光はカルトではない。

こんな下らない事をいちいち言うのも呆れるが、誤った知識により真光が不当な評価を受けるのはあまりにも惜しいからこそ、ここにこのようなものを公表するわけだ。

Posted on 2011/06/27 Mon. 16:09 [edit]

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